当院の脳腫瘍外科手術について
脳腫瘍とは
脳腫瘍は脳から発生する原発性脳腫瘍とがんの遠隔転移による転移性脳腫瘍に大別されます。
原発性脳腫瘍は脳実質内腫瘍(脳内部から発生)と脳実質外腫瘍(脳の外、髄膜や脳神経等から発生)に分類されます。脳実質内腫瘍はグリオーマが代表的で、他に胚細胞腫瘍、悪性リンパ腫等が挙げられます。脳実質外腫瘍は硬膜から発生する髄膜腫が代表的で発生頻度は脳腫瘍の中で一番高い腫瘍です。その他神経鞘腫、類上皮腫等の腫瘍があります。脳下垂体付近から発生する腫瘍もあり、最も発生頻度の高い下垂体腺腫は、厳密には内分泌腫瘍に分類されますが、鼻腔を経由した手術(経鼻手術)は脳神経外科が担当するため、広義には脳腫瘍ということができます。
ブレインスイートとは
当院では、2006年7月新病院開院に合わせてアジアで初めてブレインスイートを導入しました。ブレインスイートとは、術中MRIを中核としてナビゲーションシステムや手術用顕微鏡等を搭載した、脳神経外科の画像誘導手術に特化した手術室です。
ブレインスイートにおける手術では以下のような利点が挙げられます。
- 術中の画像情報のアップデート
- 手術進行状況の正確な把握
- 術中合併症の早期検出
- 手術教育
1.術中の画像情報のアップデート
通常の画像誘導手術では、術前画像を用いて手術プランニングを行いますが、手術の進行とともに脳シフトによる位置情報のずれが生じます。ブレインスイートでは、術中にMRIを撮影することにより画像情報をアップデートすることが可能です。新しい位置情報に基づいて術中手術プランニングをすることで、より安全で確実な手術の遂行を支援することができます。
2.手術進行状況の正確な把握
グリオーマのような脳実質内腫瘍は境界不明瞭なことが多く、腫瘍を摘出する場合、周辺の重要な構造(例えば運動野や錘体路等)への手術操作の影響を考え、腫瘍の取り残しが生じる可能性が高くなる傾向があります。ブレインスイートでは、術中MRI画像により腫瘍摘出度を確認することができ、残存の程度によっては手術を再開して摘出することも可能になります。また運動野や言語野などの近くの腫瘍では、これ以上摘出は難しいという摘出限界も評価することが可能です。脳腫瘍手術で最も重要な、最大限の摘出、最大限の機能温存の目的達成を支援することができます。
3.術中合併症の早期検出
術中術後にMRIを撮影することで、術中出血や脳血流障害などを早期に発見することが可能になり、状況によっては早期に対応することで合併症を回避することができます。
4.手術教育
手術の状況がその場で確認・把握し、それを術中に解決することが可能になるため、手術のスキルアップ、ラーニングカーブの向上に役立つと考えられます。
ブレインスイートにおける手術の利点
ブレインスイートで手術が実施されるまでの流れ
ブレインスイートで手術を行う場合、患者さんは手術に必要な画像検査を受けていただきます。術前の画像情報を元に手術プランニングを行います。画像情報はMRIだけでなくCT、PET等、手術に必要な情報をプランに盛り込むことができます。腫瘍や運動野、運動神経の伝導路である錐体路などの術前画像情報をiPLANという治療計画用ソフトウエアで処理してオブジェクトとして可視化します。
手術当日、麻酔がかかった後に位置情報取得用のMRIを撮影します。この画像情報をナビゲーションシステムに登録します。そして術前にプランニングした画像情報は画像融合技術を用いてコンピュータ上で重ね合わせられます。この画像融合技術により術前の画像情報をあたかも術中に撮影したかのように利用することができるようになります。
術中に撮影したMRI画像情報に基づいた位置情報を登録することでより精度の高いナビゲーションが可能になります。また手術の進行に応じて術中にMRIを撮影することにより、新しい画像情報を元に術中の手術プランニングを行い、更新された画像情報に基づいてナビゲーションを行うことができるようになります。
ブレインスイートにおける脳腫瘍手術
ブレインスイートにおける術中MRIを用いた画像誘導手術において、最もその威力を発揮する疾患は脳腫瘍です。特に境界が不明瞭なグリオーマ摘出術は最も良い適応です。当院では、特に運動野近くのグリオーマ手術に力を入れており、術中MRIを用いた画像誘導手術、運動野を直接電気刺激して運動機能が保たれていることを術中に確認する電気生理学的モニタリング、5ALAという蛍光を発する薬剤を用いた術中蛍光診断などの情報を駆使してグリオーマの摘出を行い、脳機能を温存しつつ最大限の摘出を安全・確実に実施することを常に目標としております。
ブレインスイートは脳神経外科専用手術室である利点を生かして、グリオーマ以外にも髄膜腫、神経鞘腫、転移性脳腫瘍などのその他の腫瘍に対しても積極的にブレインスイートにて手術を実施しております。
腫瘍の摘出が難しい場合、腫瘍の一部を採取して病理診断を確定するために腫瘍生検を行う場合もブレインスイートは有効です。ブレインスイートにおいては患者さんの頭部を固定した後、位置座標を決めるためのMRIを撮影できるため、より高い精度で目的とする部位の腫瘍を採取することが可能になります。当院ではレクセルフレームを使用した生検、内視鏡を用いたフレームを使用しないフレームレス生検いずれにも対応可能です。特に内視鏡下生検は脳表に近い、比較的ターゲットの大きな腫瘍が良い適応になります。画像誘導の技術を応用し、内視鏡で確認しながら目的とする部位に到達して腫瘍を採取することができ、かつ止血操作を行うことができます。また腫瘍採取直後にMRIを撮像することにより腫瘍が適切な部位で採取されたか、出血等の合併症が生じていないか等、術中に確認することができるため安全で確実な生検が可能になります。
下垂体腫瘍もブレインスイートの利点・有効性を発揮することのできる良い適応疾患です。当院では、内視鏡下経鼻的経蝶形骨洞手術を全例ブレインスイートにて実施しております。
内視鏡下経鼻的経蝶形骨洞手術では、Volumetric Interpolated Breath-hold Examination(VIBE)というMRI撮影方法を用いて術前・術中のMRI画像評価を行っております。この撮影方法は、解像度を落とすことなく撮影時間を短縮し、脂肪抑制が可能な撮影方法であり、軟部組織に感度が高く、下垂体腫瘍、特に下垂体腺腫に対して通常のMRI撮影方法より検出力に優れるという利点があります。実際の手術では、VIBE法で撮影した画像と術前に撮影した三次元CT脳血管撮影(3DCTA)画像による画像誘導手術を行っております。
QOLを踏まえたがん治療
がん治療の進歩により、脳転移を生じる患者さんも増えてきました。転移性脳腫瘍は、部位によっては麻痺、感覚障害、言語障害など生じて急速に生活の質(Quality of Life:QOL)を損ないます。
当院では転移性脳腫瘍に対しても積極的に治療を行っております。患者さんの全身状態を考慮しつつ、腫瘍の部位、大きさ、転移の数などを十分に検討して、ブレインスイートでの手術、高精度放射線治療装置(Versa HD)を用いた定位放射線治療(ピンポイント照射)、あるいはその併用で多くの転移性脳腫瘍患者さんを治療しております。