QOL向上を目指した脳神経外科治療
~痙縮治療を中心に~
当院脳神経外科では、脳血管障害・外傷・脳腫瘍に対する一般的な脳神経外科診療以外に『機能的脳神経外科』治療に取り組んでいる。機能的脳神経外科とは、脳・脊髄に外科的にアプローチする事により、機能の回復または改善をはかる分野と定義され、現在は、パーキンソン病をはじめとする不随意運動症、難治性疼痛、重度痙縮等を対象としている。ただ、これらの主たる治療方法は2000年以降に保険認可となったものが多く、提供できる脳神経外科施設は限定的である(図1)。当科は、単一科として網羅的に機能的神経外科治療が提供できる、中部地区における数少ない施設と自負している。今回、上記の疾病のうち『痙縮』に対する治療方法、具体的にはボツリヌス療法および髄腔内バクロフェン投与(ITB)療法について紹介させて頂く。
痙縮とは、「腱反射亢進をともなった緊張性伸張反射の速度依存性増加を特徴とする運動障害で、伸張反射の亢進の結果生じる上位運動ニューロン症候群の一徴候」といわれているが、文字だけみていても全く理解できない。具体的には、脳や脊髄障害後に生じる筋緊張の亢進で、従来は『拘縮』と称していたものの大多数が相当する。拘縮とは、痙縮状態のなれの果てで、最終的に関節機能まで破壊され可動域を失ったものと考えられる。すなわち、痙縮は拘縮に至る前段階で、近年有効な治療方法が確立されてきた。脳卒中後に限っても全国で100~120万人の患者がいると推定され、リハビリ阻害因子となりQOLおよびADL低下の原因となる(図2)。
上下肢痙縮に対するボツリヌス療法は、2010年に保険認可された。驚く事に、保険認可に先立ち、脳卒中治療ガイドライン2009でグレードAに推奨されている。ボツリヌス毒素が運動神経終末の受容体に結合する事により、過度に筋緊張が亢進した状態を緩和し、効果は3~5ヶ月程度持続する。対象筋肉への筋注と手技が簡便である事、効果発現が早い事が利点であるが、繰り返しの施注を要する事、保険認可されている用量では対象筋の数が限定される事が欠点である。臨床的には、一側の上肢痙縮の治療はボツリヌス療法で十分可能であり、にぎりこぶし変形が最も良い適応と考える。治療により、手の衛生状態、疼痛、着衣動作等の改善が得られる。また、介護負担の軽減や随意運動が残存していた症例では機能回復が得られる事もある。(図3)
重度痙縮に対する治療として、髄腔内バクロフェン投与(ITB)療法は、2005年に保険認可された。当科では、両下肢や片側上下肢等の2肢以上の痙縮を治療する場合、ITB療法の適応と考えている。脊髄ニューロン接合部でGABAB受容体にバクロフェンが結合し、筋緊張が亢進した部位のみを改善させる。バクロフェン自体は、内服経口剤もあるが理論的には効果が乏しく、ポンプを体内に植え込み持続的に髄液中に薬液を送る事で効果が得られる。投与量調節により広範囲および重度の痙縮にも対応できる事が最大の利点だが、手術を要する事、体内にポンプを植込む必要がある事、3ヶ月に1回の薬液補充が必要な事が欠点となる。ただ、手術は簡便なもので、脳神経外科領域で普通に行われる脳室-腹腔シャント術よりも侵襲度は低い。効果は高く、特に介護負担の軽減は確実に得られる。(図4)
従来、多くの医療現場で「拘縮」と呼び、不可逆的な変化のため治療方法がないとされてきた『痙縮』に対する新しい治療方法を概説した。ボツリヌス療法、ITB療法とも可逆的かつ侵襲性はそれほど高くない治療方法である。当科では、いずれの治療方法も提供可能であり、脳・脊髄疾患の後遺症と介護者の負担軽減に寄与できるものと考えている。