地域医療連携

病診連携勉強会

前立腺癌の手術と放射線治療

【テーマ】
「前立腺癌の手術と放射線治療」
【講演者】
泌尿器科主任医長(科長) 黒松 功
黒松 功

平成22年3月6日(土)、病診連携システム登録医の先生方をお招きして勉強会を開催いたしました。勉強会の内容をまとめましたので、以下にご紹介いたします。

今回の病診連携勉強会では、当院泌尿器科で行っている限局性前立腺癌に対する最新の治療についてお話しさせていただきました。転移を伴わない、前立腺のみに限局した前立腺癌というのは、そのほとんどが自覚症状を伴わずにPSA値の異常から発見され、10年以上の期待余命がある場合には根治を目指した積極的な治療を行います。根治治療の2つの柱として①手術②放射線治療があり、いずれの場合も適切に施行されれば10年後の疾患特異的生存率はほぼ同等で良好であるといわれています。当科では、この2つの治療法に対して最新の治療を施行しております。

手術療法

前立腺癌に対する手術は、開腹下に前立腺を膀胱・尿道から切り離して摘出する「前立腺全摘出術」が一般的に行われています。癌を残さず摘出することは当然ですが、さらには尿道括約筋を損傷することなく(=術後の尿失禁を生じることなく)、周囲の神経を温存して可及的に男性機能を損なわないようにする(=勃起能の温存)ことが求められます。一般的な施設で施行されている手術は臍下から恥骨に至る20cmほどの切開創で開始しますが、時として大量の輸血を要したり、術後に永続的に尿失禁が生じることも稀ではないようです。また、男性機能に関する神経の温存を施行する施設は少数であり、合併症を恐れて手術自体を避ける施設も見受けられます。
当科では従来より低侵襲治療をテーマとしており、前立腺の手術に関しては「ミニマム創前立腺手術」を2008年より導入しております。「ミニマム創手術」は東京医科歯科大学の泌尿器科で開始された手術で、そのコンセプトは「臓器が取り出せる最小限の切開創での手術」というものです。我々は現在、(i)6~7cmの切開創から(ii)腹腔鏡用のカメラで術野を照らし、拡大画像をモニターしつつ(iii)拡大鏡を装着して手術を行っています。これにより肉眼のみではわからなかった解剖を認識し、繊細かつ安全に手術が施行できるようになりました。術後の尿失禁はあっても一過性であり、病理学的にも切除断端の陽性率が著しく改善しています。創部は小さいため術後の回復も早く、翌日からの食事開始・歩行が可能で、術後の平均入院日数は8日ほどとなっています。低侵襲手術といえば腹腔鏡手術がそのさきがけですが、ミニマム創手術は腹腔鏡手術と比べてディスポ製品をほとんど使用しないことや、気腹を必要としないためにCO2を使わずに済むという環境に優しい手術(エコ・サージャリー)という側面も有しています。今後も我々は改良を加えつつこのミニマム創手術の発展、啓蒙を行っていく所存です(ミニマム創手術認定施設会得)。

放射線治療

先述しましたように、限局性前立腺癌に対する「放射線治療」の治療成績は「手術療法」と比べてほぼ同等のものとなっています。特に欧米では放射線治療が手術を凌駕しつつあります。放射線治療の原理は、照射された細胞のDMAに障害を加えて細胞死をもたらすというものですが、一般に分裂の盛んな細胞ほどその影響を受けやすいという特徴があります。つまり悪性度の高い、増殖の早い癌ほど放射線治療の効果を得やすいということになるようです。では、あらゆる癌の中でも増殖が最も遅く悪性度の低い癌の一つである前立腺癌に対して、なぜ放射線治療が有効かという疑問が生じます。その理由としては、前立腺が摘出しても生命維持には無関係な臓器であるので高線量を照射できるということと、あまり動かない臓器であるため照射範囲を設定しやすいということがあげられます。とはいうものの実際には照射装置の精度が重要なことは言うまでもありません。
目的とする臓器の周辺臓器(前立腺の場合は、膀胱と直腸が重要です)への被爆を可及的に抑えて、その癌に必要充分な放射線量(前立腺癌では70Gy以上)を照射できることが理想的な外照射療法ということになります。現在のコンピューター制御された照射法の中で最も発展的な照射法が強度変調放射線療法(IMRT)です。IMRTでは、放射線が装置から照射される際にその濃度を自在に変化させることが出来るため、対象臓器の形状に沿った照射が可能となっています。当院はIMRTを施行可能な放射線装置「ノバリス」を有しており、前立腺癌に対して74~76Gyの照射を行っています。
前立腺は動きにくい臓器であると述べましたが、実は膀胱内の尿量や直腸内のガス・便などの影響を受けてその位置が変化することがわかってきました。当院では照射開始に先立って、前立腺内に金で出来た「マーカー」を留置しています。これによって日々の照射時に前立腺のポジションを、短時間に正確に把握して照射することが可能となり、早期~晩期の直腸障害の発生を回避しています。

以上のように、当科では十分なインフォームド・コンセントのもとに個々の患者さんに適した最新の治療を提供しております。今後も前立腺肥大症に対するレーザー蒸散術(PVP)と共に「低侵襲治療」を追及していく所存です。