産婦人科の最近の話題
2008年秋の福島大野病院事件の判決、東京での母体搬送問題等が生じ、当院で分娩は行っていないが、今回の勉強会では産科医療についてお話させていただいた。
「わが国の妊娠、出産は安全か?」
今日、わが国では250人に1人の妊産婦が命の危険にさらされており、年間の出生数を100万人として(実際はもう少し多い)4,000人の妊産婦が命の危険にさらされていることになります。しかし、わが国の産科医療の救命率は99%ですので、実際に妊産婦が亡くなられてしまうのは100人未満です。これらのことに関して他の国と比べてみますと、出産10万人あたりの妊産婦死亡は4~8人程度で、世界トップレベルの値です。ちなみに世界平均の出産10万人あたりの妊産婦死亡は約400人です。さらに妊娠22週以後の死産と出生後7日未満の新生児死亡の合計を出産数で割った、周産期死亡率は出産1,000人あたり5人未満で世界で最も低くなっています。わが国の妊産婦死亡率と周産期死亡率は、過去50年間でそれぞれ約80分の1、約40分の1になってきました。その一方で、分娩数自体は過去50年間で半減しましたが、早産、低出生体重児、高齢妊婦が増加してきており、いわゆるハイリスク妊娠は増加しています。
そこで本来の妊娠、分娩の持つ危険性や、周産期センターの成果、また、母体の救命に総合周産期センターの設置だけで大丈夫なのか等を調べるために、日本産科婦人科学会周産期委員会が2004年に妊産婦死亡を含めた重症管理妊産婦調査というものを行いました。アンケート回答施設での分娩数は約12万件、妊産婦死亡は32人でそれぞれ日本全体の11%、65%でした。その結果、分娩約12万件のうち妊産婦死亡に至る可能性のあった重症管理妊婦は2,325例あり、妊産婦死亡はそのうちの32人でした。すなわち、ひとりの妊産婦死亡には約73人の重症管理妊婦が潜んでおり、これを2005年の国内の妊産婦死亡数62人にあてはめてみると、約4,500人の妊産婦が救命のための重症管理を必要としていたことになり、はじめに示しましたようにわが国の妊産婦の約250人にひとりは死に至る危険性があることになります。約250人にひとりというのは、昭和25年当時の日本、また現在の全世界での妊産婦死亡率と同じで、それは妊娠、分娩が本来持つリスク率と考えられます。それらのことから、安全なお産のためには、重症管理妊産婦4,000人から5,000人に対応可能な施設、マンパワーの確保や、産科救急輸血体制が整った施設を各医療圏に整備すること、また、母児救急である常位胎盤早期剥離、子癇、子宮破裂等に対し、NICU常時受け入れ体制の確保、さらに重症周産期疾患の中でも頭蓋内出血、脳梗塞、羊水塞栓、肺塞栓の母体死亡率が高かったことから、産科以外の各科と連携する管理体制が必要と考えられました。
「産科医療の問題」
わが国の医師全体の数は増加しているのに対して、産婦人科医は減少しています。産婦人科入局者が減少しているため若手医師が減り、高齢化が進んでいます。産婦人科が敬遠される理由のひとつと考えられるのは産婦人科医の過重労働です。産婦人科医の平均勤務時間はすでに過労死認定の基準を超えているといわれており、今後さらなる過重労働を招く要素として、女性医師の比率が高くなってきていることがあります。産婦人科における女性医師の比率は、20歳代では約7割、30歳代では約5割です。そのため出産、育児で離職すると、さらなる過重労働を招いてしまう可能性があります。子供がいる産婦人科女性医師の半数以上が離職するという調査結果もあり、院内保育園の設置、時間外保育、病時保育の充実、ワークシェアリング、フレックスタイムの導入などで離職を減らさなければいけません。
ほかに産婦人科医が敬遠される原因として考えられるのは、医療訴訟の問題です。2004年の医療訴訟新規受理件数は産婦人科医師1,000人当たり12.4人で、科別では最も高い値でした。産婦人科医は医師に落ち度がなくても、児の状態が悪ければ訴えられるともいわれており、そのような状況が産婦人科減少につながっていると思います。何の問題もなさそうな分娩でも突然母児が危険にさらされる可能性のあること、また、予測できない新生児の障害があること等を広く知ってもらわなければいけません。ただし、訴える側からみると医師の落ち度を証明しなければ十分な保障が得られないといった問題もあり、これらの状況を改善するために、平成21年から分娩に関連して発症した重度脳性麻痺に対する、産科医療保障制度が導入されます。このような産婦人科医の減少を止める方向に働きそうな制度、政策がまだまだ必要と考えられてます。