地域医療連携

病診連携勉強会

冠動脈疾患の治療をめぐる最近の話題-薬物溶出ステント時代の経皮的冠動脈インターベンション治療-

【テーマ】
「冠動脈疾患の治療をめぐる最近の話題
-薬物溶出ステント時代の経皮的冠動脈インターベンション治療-」
【講演者】
循環器科 主任医長 曽村 富士
曽村 富士

わが国における冠動脈疾患(疫学)

年代別血液変化と心血管系イベント発症率

最近40年間で脳血管疾患による死亡率は大幅に減少したが、心疾患・冠動脈疾患による死亡率には大きな変化はない。この背景には血圧治療の進歩の一方で糖尿病や脂質異常症などの代謝疾患の頻度が変化したためと考えられている。
実際心臓カテーテル検査で有意狭窄を認めた冠動脈疾患患者の冠危険因子保有率は脂質異常症55%、耐糖能異常40%、高血圧症58%などと高頻度であり、さらにこうしたグループでは心血管事故の発生率が、1,000人あたり年間62.8人とハイリスクであるといわれ代謝疾患管理による二次予防の重要性が示唆されている。

薬剤溶出ステント(drug eluting stent; DES)登場の背景と現状

冠動脈インターベンションが開始された当初からしばらくの間はバルーン冠動脈形成術であった。現在に比べより単純な病変が主体であったが、急性冠閉塞の発生率は3~8%とされ急性心筋梗塞の発症や緊急バイパス手術を必要とすることもあった。慢性期再狭窄は40%ともいわれ、安全性・有効性ともに不十分なものといえた。
こうした弱点を克服するために冠動脈を内側から支えて急性冠閉塞を防止し、より広い内腔を確保することにより再狭窄を防ぐものとして、冠動脈ステント(bare metal stent;BMS)が開発され臨床応用された。とくに急性冠閉塞の原因となる急性冠解離に対しての有効性は高く急性冠閉塞の発生率は0‐0.5%へと劇的に改善した。ステントの使用により冠動脈インターベンションの安全性は大幅に改善し適応は広がった。遠隔期成績も改善したが、内膜増殖による慢性期再狭窄は20%程度の頻度で残存し、びまん性の再狭窄を繰り返す難治性の病態が存在した。
そこで、慢性期再狭窄の原因である新生内膜の増殖抑制を治療ターゲットとして薬剤溶出ステントが開発・臨床応用された。薬剤溶出ステントは再狭窄を劇的に改善し、発売後急速に普及した。2006年前半には全世界で使用率が70%を超え、冠動脈インターベンション(PCI)の中心的な道具となった。

薬剤溶出ステント治療後の遅発性血栓症と予後の問題

薬剤溶出ステント使用のメリットとデメリット

薬剤溶出ステントは再狭窄率の減少に劇的な効果を挙げたが、その主作用である内膜増殖抑制効果のために内皮再生が抑制されることにより、遅発性ステント血栓症の発生が増加すると報告された。ステント血栓症は冠動脈の急速な閉塞により急性心筋梗塞や死亡につながる恐れがあり、その安全性が懸念された。
しかし種々のスタディー間で異なっていた血栓症の定義などを統一して再解析した結果、DESとBMSで死亡・心筋梗塞の発生に有意差はなく現時点でのDES使用の中止は不要とされた(FDA諮問委員会)。抗血小板薬投与必要期間はAHA/ACCガイドラインでは12ヶ月とされるが、現時点では至適投与期間や外科手術時等への対応は明快な結論は出されておらず今後の重要課題である。こうした問題に結論を出すためには今後遅発性ステント血栓症の詳細なメカニズムの解明および現在進行中の大規模研究の結果が待たれる。
DESの安全性について結論の出ていない現状ではDESの効果が最大限引き出せる病変、BMSでも遜色ない結果が得られる病変など、症例や病変個々に適切な選択を行いbenefitとriskのバランスを図っていくことが重要である。

生活習慣病の管理を含めた全身治療と予防が重要

どのような病変が心筋梗塞を引き起こすか?

心筋梗塞の原因となるのは必ずしも狭窄度の強いところばかりではなく、約70%の症例では50%以下の狭窄から発症するといわれている。さほど狭窄度の高くない不安定プラークの破綻が初発症状としての急性心筋梗塞を引き起こす例が多いことが知られている。DES治療により再狭窄は激減したが狭窄を有さないDES留置部位での内皮機能低下(仮説)などによりステント血栓症が発生する危惧があり、冠動脈に対する局所治療だけでは必ずしも生命予後を改善できないと考えられる。脂質異常症、高血圧症、糖尿病、メタボリック・シンドロームなどの生活習慣病の管理を含めた全身治療と予防が重要な役割を果たすと思われる。

冠動脈疾患薬物治療のエビデンス

TNT(安定冠動脈疾患においてatorvastatin 10 or 80mgを投与し高容量群で冠動脈イベントを有意に低下させた)、REVERSAL(冠血管内エコー(IVUS)によるアテローム容積の変化をatorvastatin 80mg とpravastatin 40mgで比較し有意差を認めた)、PROVE‐IT(急性冠症候群を対象とした二次予防試験。積極的脂質低下治療群で有用性が示された)などの臨床試験の結果、積極的脂質(LDL-c)低下治療の冠動脈疾患二次予防における重要性が示されてきた。
STOP-NIDDM(肥満を有する食後高血糖患者1,368例を無作為にacarbose 300mg/日群とプラセボ群に割り付け、二重盲検下で追跡した結果全心血管疾患発症のリスクを49%、心筋梗塞の発症を91%低下させた)、PROactive(心血管疾患の既往を有するハイリスク2型糖尿病患者にピオグリタゾンを投与し総死亡および心血管イベントの再発を16%抑制した)、Steno-2(早期糖尿病性腎症患者に対し積極的血糖・脂質・血圧管理により、通常治療群に比較して53%危険性を低下)、UKPDS(肥満を有する糖尿病患者に対し初期治療としてメトホルミンを使用した場合の効果を検討した)など、多くの糖尿病治療と冠動脈疾患発症予防のEBMが示されている。

結論

全身的治療の重要性

わが国では人口の高齢化や動脈硬化危険因子の増加によって冠動脈疾患は増加しつつある。ステントを用いる冠動脈インターベンションが冠動脈疾患治療の中心的な位置を占めるようになり、従来の非被覆金属ステントの最大の弱点であった慢性期再狭窄も(遅発性血栓症のリスク増加の懸念は残るが)薬剤溶出ステントによってほぼ克服されつつある。
今後は長期予後改善に主眼を置いた総合的な冠動脈疾患管理が求められ、そのためには個々の症例にあった血行再建治療選択と長期的な全身的管理による再発予防が重要である。日常診療としては薬物治療などにより不安定プラークを安定化させ、リスク評価によりハイリスクグループを抽出し適切にフォローアップし心筋梗塞発症・不安定狭心症の予防・早期発見をめざした緊密な病診連携体制を構築していく必要がある。