手術をお勧めするorしない脳の病気
"脳の病気で手術が必要です"と言われて、ショックをうけない患者さんはいないでしょう。開腹術などの一般の外科手術でも十分恐ろしいのに、"脳"を切り開く、なんてもっての外である、と思われる方は多いと思われます。しかし、近年、顕微鏡等の手術器具の進歩、手術支援としての画像、ナビゲーション、モニタリング機能の改良が進み、治療成績は年々改善しています。100%とはいいませんが、ある程度安心して、手術を受けられる時代になってきています。この様な中、患者さんはもちろん、医療に携わるスタッフの皆様が、"どの様な脳の病気は手術した方がよくて、どの様な病気は手術しない方がよいか"、を理解しておく事は重要です。今回は、この中で、"頭痛でみつかる病気"を中心に述べたいと思います。
一方、"症候性頭痛"、といわれる物には、くも膜下出血、脳内出血、慢性硬膜下血腫、脳腫瘍等があげられます。この中で最も恐ろしいのは、くも膜下出血でしょう。"バットで殴られたような突然の頭痛"と表現されます。脳の動脈瘤という小さなコブが破裂して、脳表面全体に出血が及ぶ事によります。動脈瘤は、破裂後すぐ血栓が付着し、一旦止血します。この間に、頭を開き、脳の隙間を分けて入っていって、クリップをかけて、再出血しないようにします。これを開頭クリッピング術といいます。他に、血管内よりアプローチして、動脈瘤の内部をコイルで詰める、というコイル塞栓術、という治療も有効です。くも膜下出血の恐ろしい点は、その予後の悪さです。最初の出血の程度に依存し、約3割は状態が悪すぎて、手術もできません。更に、仮に手術がうまく行っても、脳血管レン縮、水頭症といった特殊な合併症を乗り切らなければなりません。無症状で社会復帰できる方は、全体の3割弱と言われております。
そこで、前もってこの病気を予防するという考えがあります。現在は脳MRI,MRA,3D-CTなど、画像技術が向上しており、脳ドックなどで"未破裂脳動脈瘤"を発見する事ができます。これが出血すると、くも膜下出血になるのですが、その可能性は、年間1%、と言われております。ピンと来ないかもしれませんので、概算すると、未破裂脳動脈瘤をもっている人が発見されてから10年放っておくと、破裂率10%程度となります(10人に一人です)。破裂する前に、クリッピング術、コイル塞栓術を行い予防しておく事ができます。当院としては、年齢が80歳以下、その他大きな基礎疾患のない方、動脈瘤が長径5mm以上、5mm以下でも、形が不整なもの、には手術をお勧めしております。手術による合併症は、報告によって様々ですが、約5%前後です。
脳内出血はいわゆる脳卒中の主たるものです。突然の激しい頭痛、手足の麻痺、意識障害など起こす、これも大変な病気です。脳内出血は、部位にもよりますが、大きいもの(大体直径3cm以上)では手術しないと生命が危険となる為、手術をお勧めします。一方、小さな出血は、手術せず、点滴で急性期を乗り切る場合が多いです(保存的治療)。脳内出血の場合、出血した部位の脳は破壊されている為、機能障害が残る事を覚悟しなくてはなりません。懸命のリハビリ治療が必要となります。
慢性硬膜下血腫は、老人に多い病態で、"最近頭が痛い、歩くときふらふらする"等訴えて来院され、発見されます。骨と脳の間の硬膜、という膜の下に出血がだんだんと溜まってくる病気です。"穿頭術"という一時間弱の手術で劇的に改善する場合が多いので、手術のよい適応である、といえます。
脳腫瘍は良性から悪性まで様々あり、その手術適応も多様です。"朝、いつも頭が痛い、吐き気が止まらない"といった症状の他に、麻痺、てんかん発作などで見つかる事が多いです。髄膜腫、という硬膜から発する腫瘍は、部位にもよりますが、基本的に良性腫瘍ですので、小さいものはすぐ手術せず、画像を年に1~2回とって経過を見ます。大きいもの(大体3cm以上)のものは手術をお勧めします。基本的に脳実質の外の腫瘍ですので、手術成績は良好です。
一方、脳の実質内から生じる、頻度の高い腫瘍として、脳神経膠腫(グリオーマ)が挙げられます。グレードが4段階あり、高いグレードでは悪性度が高く、予後的に厳しい事が多いです。基本的な治療は手術でできるだけ摘出、次いで、その組織型に合わせた化学療法、放射線療法を追加する、事となります。この腫瘍の問題点は、手術でできるだけ摘出したいが、正常脳との境界、運動線維など重要構造との関係が不明瞭、という事です。この点を克服するべく、当院では、来年7月より、術中MRI(1.5テスラ)とナビゲーションが一体化となった、"Brain Suite"という装置が、日本で初めて導入されます。装置、というより手術室が、まるっ、と一体化した設備です。この装置はヨーロッパで主に稼働しており、ドイツのErlangen大学の報告によりますと、「グリオーマの手術の際、十分摘出したと思ったが、術中MRIで確認すると、取り残しを30%強で認めた。そこで手術を再開し、更に切除を追加した」、とあります(Nimsky C, Neurosurgery 2004)。"手術で、できるだけ摘出する"、事はすなわち、この難病の治療成績の向上につながります。"Brain Suite"に期待する部分は大きいと思われます。
以上、手術をお勧めする、しない脳の病気について、簡単に説明させていただきました。ここに挙げたものは、ほんの一部であり、頚動脈狭窄症、頭部外傷、三叉神経痛、パーキンソン病など、脳外科手術の適応となるものは他にも沢山ございます。当院としては、脳の病気で悩んでおられる方にできるだけ役に立てる様、今後も努力していくつもりです。不明な点は、躊躇する事無く、私共の方へ問い合わせていただければ幸いです。